ディズニーランドの社会学:情報圧によるめまい

はじめに

僕が交際している女性はディズニーが大好きで、東京ディズニー両パークの年間パスポートを所有し、暇さえあれば新しいディズニーグッズやショーの情報収集に余念がない。いわゆるDオタである。パークの入場チケットを入手するため数時間にわたって一心不乱に予約サイトをリロードしている姿などはなかなか鬼気迫るものがある。

f:id:igarashi339:20201004191839j:plain
彼女が撮ったミッキーマウス

個人的には、(対象がどういうものであれ)何かに熱量をもって取り組める人は素晴らしいと感じるたちなので、このまま彼女の道を突き進んでほしいと思っている。

その一方で、僕自身はディズニーランドに関してほとんど関心がない。アトラクションの待ち行列が苦手というのもあるし、ミッキーやミニーちゃんといったキャラクターに対してもそこまで愛着を感じることがない。ときたま彼女からディズニーランドに誘われることもあるが、休日丸1日を割くことと1万円ちかい出費を考えれば、できれば遠慮したいというのが正直なところだった。

......とはいえいつまでもそのスタンスでいるのも彼女に申し訳ない。実際にディズニーを好きになれるかはさておき、少なくとも関心を持ちたいと思って色々なメディアを漁ってみたところ、この記事の表題にもなっている「ディズニーランドの社会学: 脱ディズニー化するTDR(新井 克弥、2016)」という書籍にいきついた。

www.amazon.co.jp

この本がとても面白かった!

著者の新井さんは関西学院大学の教授でメディア論を専攻されているとのこと。大学時代はメディア論や社会学などまったく関心がなかった僕だが、複雑な概念もきちんとかみ砕いて解説してくれるのでスッスッと読み進めることができた。

いろいろある概念のうち「情報圧によるめまい」が特に面白かったので、以下でご紹介したい。

情報圧によるめまい

日本に多数存在する遊園地の中でも圧倒的な人気を博するディズニーランド。他の遊園地の決定的な違いはどこにあるのか?

書籍中で指摘されている要因の一つが情報圧によるめまいだ。めまいはイリンクスとも呼ばれる。これはフランスの社会学ロジェ・カイヨワが「遊び」を4つに分類したもの(下図を参照)のうちのひとつで、頭がぐるぐると回ってしまうような状態を指す。

f:id:igarashi339:20201004142425p:plain
カイヨワによる「遊び」の分類

イリンクスの説明として最もわかりやすいのはジェットコースターだ。ジェットコースターは、そのスピードと落下の際に感じる不安定な浮遊感が魅力である。人々はこのスリルによって瞬間的に自らの所在を失い、自分が自分でないような不思議な感覚をおぼえることになる。この感覚を楽しむのがイリンクスだ*1

ところで、イリンクスはジェットコースターに乗らなくても「膨大な情報の中に身を投げる」ことによって獲得可能である。例えばオタクが自らのコレクションを部屋いっぱいに広げている光景を思い浮かべてほしい。このとき、ひとつひとつのコレクションの情報を一度に脳で処理するのはとても不可能だ。純粋にコレクションの量が多いというのもあるし、コレクション同士には関連性があるので、一つのコレクションのことを考えようとすると別のコレクションのことも同時に考えなければならない。オタクはこの膨大な情報の中に埋没することで、自分自身の所在を忘れてしまうような感覚(=イリンクス)を得ようとしていると考えられる。

この、一度には処理しきれないほど大量の情報の中に身を投げることによって感じるイリンクスを「情報圧によるめまい」と呼んでいる。

ディズニーにおける多重のイリンクス

ディズニーランドやシーなどのテーマパークでは、アトラクションの浮遊感などによる身体的なイリンクスと、情報圧によるめまいによる心理的なイリンクスを重ね合わせ、より重厚なイリンクスを構築していると筆者は指摘する。ひとつの例として、ディズニーシーで人気のアトラクションであるタワー・オブ・テラーについて紹介する。

f:id:igarashi339:20201004162742j:plain
 出展:【公式】タワー・オブ・テラー

タワー・オブ・テラーはフリー・フォールと呼ばれる垂直落下型のジェットコースターである。箱型のライドが上下する時間は四十秒ほどで、ディズニーランドにあるほかの絶叫マシンと同様に、一般的な遊園地の絶叫マシンと比較しても怖くないつくりになっている。にも拘わらず人気なのは、アトラクションに付与された「シルキ・ウトゥンドゥの呪い」の物語があるからだ。

時は1912年のニューヨーク。1899年に起きたオーナーの謎の失踪事件以来、恐怖のホテルと呼ばれるようになった「タワー・オブ・テラー」。ニューヨーク市保存協会による見学ツアーに参加したゲストは、エレベーターで最上階へと向かうことに。身の毛もよだつ体験が待ち受けるとも知らず…。(引用:【公式】タワー・オブ・テラー

物語の詳細はWikipediaのページにゆずることにするが、タワー・オブ・テラーのQライン(待ち行列)に並ぶゲストは、長い待ち時間をたっぷりとつかってこの物語に没入していくのである。

ディズニーランドのアトラクション・レストラン・ショー・パレードにはひとつひとつにこのようなきめ細やかな物語が付与されており、また物語同士が関連し合っているものも多い。例えばディズニーシーにあるレストラン「ニューヨーク・デリ」は、タワー・オブ・テラーについての警告の記事を書いていたマンフレッド・ストラングがしばしば食事をしていたという物語が付与されている。前述したオタクの部屋のコレクションのように「あるアトラクションの物語に思いを巡らせると別のアトラクションの物語も連想してしまう」構造にもなっている*2

このように大量かつ複合的に絡み合った情報に触れたゲストは、情報圧によるめまいで心地よい没入感(=イリンクス)をもったままアトラクションを体験する。そこでもう一つの身体的なイリンクスを味わう。この二重のイリンクスがゲストをとりこにしてしまうという構図になっている。

おわりに

今回この本を読んだことで、ディズニーについての物語を知らずにアトラクションに乗っていた今までの僕は、ディズニーの楽しさの半分しか味わっていなかったということが分かった。物語を知ってパークを訪れれば二重のイリンクスが僕を楽しくしてくれる。

さっそくDisney+で白雪姫・シンデレラ・ピーターパンを観た。昔のディズニーアニメは王道のものが多くて心地よい。ディズニーランドに行くのが(少しだけ)楽しみになった。

*1:ジェットコースターは物理的なイリンクスだが、ほかにも、飲酒やエロスもイリンクスであるとしている文献もある。(https://core.ac.uk/download/pdf/234044693.pdf) ジェットコースターが苦手という人でも、アルコールで頭がふわふわする感覚や、恋愛で自分が自分でなくなったような感覚を楽しんだ経験のある人は多いのではないだろうか。

*2:本記事の中ではオタクの部屋とディズニーランドをともに「情報圧によるめまいを得られる場所」という意味で並べて書いたが、書籍中ではこの2つは明確に区別されている。ディズニーランドには物語を束ねる「テーマ性」がある一方で、オタクの部屋は何でもありのごった煮状態である。現在の東京ディズニーリゾートTDR)はテーマ性を失ってオタク化(=ごった煮化)してきているというのが、書籍の副題である「脱ディズニー化するTDR」の意味するところである。この概念もとても面白いものなので、機会があれば紹介したい。